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SC400は、米国市場を念頭にT社の米国におけるデザインセンターCALTYでデザインされたスポーックーペで、ソアラとプラットフォームを共有していた。
91年9月には不評だったES250が廃止され、ES300(日本名ウィンダム)に置き換えられた。 ES300は成功し、レクサスで最も販売台数の多いモデルとなった。
ES300はES250と同様、カムリとプラットフォームを共有していた。 92年9月には、LS400は50カ所以上のマイナーチェンジをした。
93年1月には、GS300が投入された。 GS300は欧州で通用するスポーッセダンとして開発され、TMSは設計の初期段階からレクサスの仕様を念頭に置いた開発を依頼していた。
激震走る1994年になって「レクサス」が突然変調をきたす。 この年、レクサスは高級車セグメントの輸入車として米国市場における販売数量で第1位になった。
しかし、94年の販売数量の8万7千601台は、93年の9万4千201台から7千台も減っていた。 さらに95年の販売数量は7万8千986台で、前年を8千台下回った。

原因は円高を反映して価格が徐々に上がったことに加え、レクサスに投入した新車「GS300」の不振、レクサスの主要市場である米西海岸の景気後退、そして欧州競合車による価格低下やサービス拡充、デザイン改善などの対抗策が効果をあげたことにあった。 GS300は、BMW525に対し、4千ドルの割高になっている。
1994年11月にはLS400のモデルチェンジが行われたが、消費者には新鮮味が感じられなかった。 このようななかでも製品の品質は高い評価を維持していたが、ディーラーの利益の低下が、サービスの提供能力などに影響を与え始めた。
収益の悪化から、レクサス誕生以来のディーラーの何店かは別の資本に買収され、経営陣が入れ替わった。 この時期にレクサス関係者に激震が走ったのが、クリントン米大統領の日本製高級車に対する高率輸入関税導入の警告だった。
日本政府に米国製自動車と部品の輸入拡大を迫るB・クリントン政権の通商代表ミッキー・カンターは、1995年5月、スキーリゾート地のブリティッシュ・コロンビアで後に首相となる通産相の橋本龍太郎と会い、米国製自動車部品の自主的な購入拡大計画を受け入れるよう強く要求した。 これに対し、橋本通産相は、日本の自動車業界は十分な量を調達していると反論したが、11時間に及ぶ交渉は不調に終わった。

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